第45・48・49・50・51代首相、吉田茂とは

戦後、ようやく安定的な長期政権の総理大臣である。戦後日本の道筋をしっかりと築いた。

鳩山一郎の公職追放ののち、総理となる。後に選挙にやぶれるが、再び総理大臣に。長期政権は7年にわたる。5回にもわたり内閣総理大臣に任命された。

親米派の吉田は戦時中は和平を望み憲兵隊に投獄されてしまう。刑務所が空襲にあい、流転の苦渋の日々を過ごした。

沖縄返還の サンフランシスコ講和条約に署名。

戦後の食糧難のため、交渉して70万トンの輸入を取り付けた。文句を言うマッカーサーに対して「国の統計が完備してたらあんな無謀な戦争はしなかった。勝ってたかも」と言い返した。

その堂々とした姿勢にマッカーサーも感動し、信頼関係が結ばれたという。

東京帝国大学出であるが、流転の苦労人でもあるため、従来のインテリ宰相とは違う泥臭い交渉で戦後復興を成し遂げた。

ワンマンとして有名で「嫌になったらいつでも辞める」と言い、自由党の鳩山一郎を困らせていた。頑固で癖が強いので、なかなか出世はしなかったが、戦後の貧窮した日本を吉田の強引な性格が救ったことを思うと、時代に必要とされた人物であったのだ。

「吉田学校」と呼ばれる政治家の育成に努める。門下には池田勇人佐藤栄作がいる。

孫は自民党の麻生太郎。毒舌は祖父ゆずりか。

吉田元首相の特徴と容姿

葉巻を持ち豪奢な邸宅に住み、ステッキを持ち、ネクタイは英国製。 オシャレなコートを着こなす吉田茂。

街頭演説で「外套くらい脱いだらどうだ」とやじられ、「これが本当の街頭演説であります」とダジャレを飛ばす。

「和製チャーチル」とも呼ばれ、 似顔絵にも多く描かれている。

エピソード

趣味は読書でイギリスの小説を好んだ。 チャーチルをやはり意識していたのか、 新聞もロンドンタイムズを読んだ。

口癖は「日本は良くなる。必ず良くなる。」

外相も兼任していて、その理由が公邸に住みたかったからだと言っていた。贅沢好きだったのだ。

好物は愛媛の名物「山田屋まんじゅう」

河野太郎の祖父、河野一郎とは仲が悪く、河野家が放火で燃えているときにステッキを振り回して大喜びしていたという。ひどい性格だが面白い。