第70代、鈴木元首相とは

大平首相が急死した後、鈴木善幸が総理となった。

大平の後継者として臨時首相代理の伊東正義や中曽根康弘も候補であったが、自民党内の抗争や派閥の調整が難航した。

薩長以外の出身者が首相になるときは必ず何かある。ハプニングや時代の行き詰まり転換点にある(要するにババ引かされる)この時も大平首相死亡直後でゴタゴタしていた。

元々は社会党にいて、内紛が嫌さに自民党に移動した。

あまり表に出ない調整役が多いキャラであった。それが鈴木に白羽の矢が立った理由である。無難で敵のいない鈴木、満場一致で総裁になる。「自民党の派閥均衡内閣」と言われた。

「金をあまり使わず総裁になったのは僕がはじめて」と自分で言っている。それほど、それまで金脈派閥政治が蔓延していたのである。

公職選挙法改正、比例代表制を導入する。行政改革には取り組んだが、外交は難航。対米政策の失敗で、アメリカとの貿易摩擦が起こり、反発をくらった。それを受け総裁選から降り、退陣。親米の中曽根内閣へと移る。

善幸さんの特徴と容姿

岩手県民。漁師の子である。

和の政治を掲げるだけあり、穏やかな容姿である。白髪交じりの眉や三角だが、慈愛がある。 田中角栄と顔似ているが、 カリスマ性にはやや欠ける。

自分でも総裁の器でないと言ってる。しかし、穏やかな敵を作りにくい、この性格や容姿こそ、当時の混乱の自民党をまとめあげたのである。和をもって貴しとなす日本にはそういったリーダーが時々必要とされる。

エピソード

趣味は朝風呂。大の巨人ファンである。

漁師の出であり、魚が大好き。

総理になったとき、あまりにも知名度のなさに「ゼンコーフー?」とアメリカのメディアに言われた。これが語呂が良く、日本でも流行語となる。