松方元首相とは

四代目内閣総理大臣 松方正義

就任当時はトラブルから逃げた山縣有朋の後任として白羽の矢が立った。たらいまわしのあげくに松方にその責が。トラブル続きの政権であった。

就任6日目に大津事件が起きた。(ロシア皇太子:ニコライ2世が滋賀県大津市の警官により襲われる)

また閣僚の1人が「今日の日本は薩長があるおかげ」と失言をかまし、反感を買い予算が組めなかったり、選挙干渉事件により暴動が起きたり。松方本人のせいじゃないことに振り回された気の毒な政権であった。

だが、困難に負けず 日本銀行作ったり赤十字に尽力。タバコ税はじめたり。金融とか財政に活躍した。

薩摩藩士。あんまり勤王の志士っぽい活躍しなかったので派閥が作れない人だったが、結構な仕事していたのである。

松方正義の特徴と容姿

白い口髭がにょーんと垂れて頭の上が平たい。派手なことができない実直そうな容姿である。

実際、松方正義の口癖は「正直あるのみ」「石橋を叩いて渡る」であり、実直&地道な性格だった。

エピソード

コロコロあとで意見を変えるので「後入斉」と呼ばれていた。朝令暮改ともいえるが、慎重なためだったろう。逡巡して思考し現実に即した政策を取ろうとしたのだ。

子供が沢山いた。22人もいた。明治天皇に子供の数を聞かれてとっさに応えられなかったという。子供の1人は銀行や電車( 阪神 )会社の社長となり活躍した。