第35代首相、平沼騏一郎とは

岡山県(美作国) の津山市 の出身。私の親はそこの出身なので親近感がわく。

しかし、業績はいただけない。。

国粋主義者で右翼に絶大な支持を得たが、戦前のきな臭い揺れ動く世界情勢に手をこまねいて、退陣。在職は約8か月。

平沼が就任したのは1939年、第二次世界大戦に突入しようとする世界情勢。 全体主義が押し寄せドイツのヒットラーから三国同盟を打診されていた。しかし、海軍勢力陣(山本五十六や米内光政)の反対にあい、ぼやぼやしているうちにヒトラーは独ソ不可侵条約を締結する。

ソ連の脅威に対抗するための三国同盟だったのにこれでは意味がなく、面倒くさくなった平沼首相は「欧州の天地は複雑怪奇だ」と言い捨て政権を投げ出してしまう。

複雑怪奇なのは平沼首相の態度だと誰しも思ったことだろう。

平沼首相の特徴と容姿

長い顔、唇が厚く、丸眼鏡とホクロと髭が個性的で描いてて楽しい。この人も東京帝国大学出。爬虫類系は頭の良い人が多いのでしょうか。

ホクロと髭がいい具合で「執事顔」とも思う。

しかし、この手の顔は平沼政権と同じくインテリのわりに(ゆえに)活躍ができず、根気もなく、支持を失い、短期政権で終わることが多い。

エピソード

西園寺公望と仲が悪い。リベラリストの西園寺と国粋主義者の平沼だから反目し合うのは当然である。

宰相になりたかった平沼騏一郎は西園寺に邪魔されていた。結果、西園寺の「英米と仲良くしなはれ」という条件を飲むことで首相になれた。

独身で、子供がいない。兄の孫娘を養子にした。その長男が「たちあがれ日本」「太陽の党」「維新の会」を経て現在、自由民主党所属の平沼赳夫(ひらぬまたけお)さんである。