元首相、原敬とは

日本で最初の政党内閣の首相である。(立憲政友会)

原敬は平民の出であり、爵位を固辞しつづけたので、平民宰相、無爵宰相とも呼ばれた。故に人気があったが、庶民に直接的な利益がある政策ではなかった。

交通整備や産業振興などに尽力した。

政党内閣のゆえ、多数決の力を借りた施策が目立ち、反感を買っていく。

大正10年、東京駅で暗殺される。犯人は18歳の少年で、中岡慎太郎の孫とも言われている。

東京駅の現場にはプレートが残されており、当時をしのばせる。東京駅では浜口雄幸も暗殺されている。

原敬元首相の特徴と容姿

岩手らしい太い眉と二重の眼、品の良いグレーヘアーをしている。実直そうな濃い目のイケメンであり、人気があるのも分かる。が、内面はまた違うものがあったようだ。

平民首相と喧伝していたが、実は浅井長政の縁の家柄であった。人気取りのために庶民アピールをしていたらしい。

エピソード

年賀状の文字、「賀正」を発明した人。合理的な簡略化を好む人物で、年賀状の略した挨拶としたのである。これが「総理大臣年賀状」と呼ばれ、民衆にも人気が出て使われるように。

世界で5億人が感染したというスペイン風邪の当時の宰相である。1918年、就任早々、罹患感染したという強者。

岩手県盛岡市の出身で、わんこそばが大好き。「そばはわんこに限る」と言った。