第36代首相、阿部信行とは

三国同盟の締結失敗で、前任の平沼騏一郎が突然辞職したので、大慌てな状勢だった。陸軍が陸軍大臣の阿部を推して宰相となった。

陸軍大学校出身の阿部。日露戦争には参加したが、実戦した経験がないので「勲章のない大将」と揶揄された。 カリスマ性がなく、知名度もなく、しかし敵もいない阿部は当時の混乱期には適任であった。昭和天皇にも受けが良かった。

期待された陸軍エリートだが、指導力に欠けた優柔不断で、処世術ばかりに長けていた。

アメリカイギリスと仲良くして、日中戦争をなんとか終わらせようとしたが、うまくいかず、結果、2年後には真珠湾攻撃が起こる。

約5か月という短命内閣だったのは、米(こめ)の価格を引き上げたことにある。インフレが起こり、物資の不足を招いてしまったのだ。

阿部元首相の特徴と容姿

おにぎりみたいな可愛い顔。陸軍出身者らしい坊主頭。ニコニコした明るい顔から人に親しまれる性格だと思われる。

が、戦中の混乱の中、暗い顔写真が多く残されている。

エピソード

石川県出身。閣僚に多く同郷者を登用したので、「石川内閣」と言われた。

戦時中は朝鮮総督を勤めていた。敗戦後、なぜか米国に護衛されて日本に戻ってきて戦争責任にも問われなかったので「野戦の将軍ではなくて処世の将軍」とも批判された。

しかし、本心は戦争突入を止めることができなかった自責の念にかられていた。戦後1953年に亡くなる。